Home > いしい しんじ

いしい しんじ Archive

87:『絵描きの植田さん』

絵描きの植田さん (新潮文庫 い 76-6)絵描きの植田さん (新潮文庫 い 76-6)
(2007/11)
いしい しんじ

商品詳細を見る


少し、不満足。


雪は止んでいた。周囲は窓越しに見るよりはるかに白かった。吐息も手でつかめそうに真っ白い。


目の前に冬の眩しさが広る。
真っ白なだけで、音が聞こえない、晴れた冬の山の中。

後半突然現れる、十数枚連続の「本当の」植田真さんの挿絵。
閉ざされた耳に音が雪崩れ込んでくるような感覚を覚える。
足下ばかり見て進んだ山道の先が一気に開け、樹氷の窪地が広がった場面に通じる。

そこでお話を終えても良いのになあと、思った。
その後の大団円は書かなくても、十分に想像できるし、
ああこの後きっとメリは・・・、植田さんは・・・といろいろ考えを巡らせる方がわたしは好きだ。

77:『プラネタリウムのふたご』

プラネタリウムのふたご (講談社文庫) プラネタリウムのふたご (講談社文庫)
いしい しんじ (2006/10/14)
講談社

この商品の詳細を見る


プラネタリウムで拾われたふたご。
一人は育った山間の村を出て、世界一の手品師になった。
もう一人は村に残り、プラネタリウムの語り部になった。

人の目を誤魔化し、夢を見させる手品と、
偽物の夜空を見せるプラネタリウム。
これは、「だます」事と「だまされる」事がテーマの温かなお話。


このお話が想像させてくれる素敵な映像は、
すぐに映画に出来るような、そんな簡単な映像じゃない。
宙を舞う手品師、客席に降る無数のバラ、
プラネタリウムの天井へ昇るシャボン玉、
想像するだけでワクワクするような、
けれど実現するのは不可能な、
そんな場面が沢山出てくる。
これこそが、小説の醍醐味なんだね。
小説も、プラネタリウムや手品と一緒。
文字で無ければ表現出来ない世界の中で、
偽物の人を動かして、夢を見させてくれる。


519ページにわたるこの物語には、
大切な人を想う気持ちから生まれる、様々な嘘が詰まっている。
どれも本当に暖かい嘘。
手品も、プラネタリウムも、山に伝わる怖い言い伝えも、
そこに相手に対する優しい気持ちがあるから、
騙される人も、騙す人も、それを「嘘」だと気づいても、「信じている」。


「だまされる才覚がひとにないと、この世はかさっかさの世界になってしまう。」
という言葉があった。

この、「騙される才覚」とは、つまり、「相手を信じる才覚」だ。
「まやかし」も、騙されて信じれば、
お互いの間では「真実」になる。
そうやって人は、互いに騙し、騙され、
言い換えれば、互いに信じ合い、繋がっている。

この世は、怖い嘘ばかりじゃないよ。
嫌な仕打ちばかりじゃないよ。
怖がらないで信じてごらんって、言われたように感じた。

76:『ぶらんこ乗り』

ぶらんこ乗り ぶらんこ乗り
いしい しんじ (2004/07)
新潮社

この商品の詳細を見る


幼い頃から、天才と言われ、
4歳から、物語を書き、
6歳にして、声を失い、
代わりに、動物の言葉が分かるようになり、
動物から聞くちょっと怖いお話を残さず綴った弟。
ぶらんこを漕ぐ事が、とても得意で、
指を鳴らすのも、とても上手な、
ちょっと変わった「わたし」の弟。
弟が物語を書き続けたノートが出てきた。
読み返し、思い出す弟と過ごした時間。
今になって分かる、弟の気持ち。

「おはなし」って、こういうものを言うんだろうな。
例えば、トトロだったり、例えば、100万回生きた猫だったり。

声を失った弟から出てきた声が、
周りの人が吐いちゃうくらいひどいものだったり、
半分禿げた間抜けな犬がいて、
その禿げた横腹にみんなが伝言を書いたり、
そんなの、普通、あり得ないじゃない。

でも、何の違和感も感じないんだな。
不思議だな。
ぶらんこの揺れは、「あっち」と「こっち」を繋いでいるだとか、
動物がやってきて、
人間の知らない、本当の動物のお話を聞かせてくれるだとか、
ちっとも不思議じゃない。
なんだか当たり前のようにさえ、思えてくる。

本当かなとか、嘘かなとか、
どういう意味かなとか、そういう事を必要としない代わりに、
心に直接染み込んで来る物がある。
その染みこみ方は、お話の中に出てくるミカンみたいで、
乾いた喉にチクッて染みる感じ。

大人になった今読むから、それを「暖かい」と感じる事ができるけれど、
もし子供の頃読んでいたら、「怖い」と感じるんじゃないだろうか。
多分、大人になったわたしは完璧に「こっち」側にいるけれど、
子供の頃って、「あっち」側にも簡単に手が届いていたんだと思うんだ。
そうすると、弟の書く、ひらがなだらけの物語の内容を、当時の弟と同じくらい怖く感じたり、ぶらんこに乗った時の、どっか引っ張って行かれそうな恐怖感を思い出してしまうと思うんだ。


子供の頃、お母さんがよく、田舎の怖い話をしてくれた。
それはとっても怖くって、お母さんの言葉の後ろから、
本当にお化けが出てきそうで、いつも泣いていた事を覚えている。
母はわたしが泣くから話すのを止めようとするのだけれど、幼いわたしは母の手を握り、泣きべそかきながら、「それで?」って続きをねだっていたらしい。
あのとき、お母さんの言葉の向こうにお化けを見つける事無くお話を聞き続ける事ができたのは、ちゃんと、お母さんの手を握りながら聞いていたからなのかな。
弟の書いた「手を握ろう!」を読んで、
そんな事を思い出した。

74:『トリツカレ男』

トリツカレ男 (新潮文庫) トリツカレ男 (新潮文庫)
いしい しんじ (2006/03)
新潮社

この商品の詳細を見る


ああ。
良かったなあ。
良い映画だった。
この物語は、柔らかい線のアニメーションで描かれた映画になる。
頭の中で、ごく自然に。

色々な事に「トリツカレ」ちゃう男「ジュゼッペ」のお話。
「とりつかれる」なんて言葉、ちょっと陰湿な雰囲気を感じるけれど、
全くそうではない。
夢中になっちゃう、それも人間がまるごと変わったみたいに。
そんな彼は、街の人々から愛情を込めて「トリツカレ男」と呼ばれている。
ジュゼッペがトリツカレたもの。
オペラ、三段跳び、昆虫採集、サングラス収集、探偵などなど。

そしてもっともトリツカレたもの。
「ペチカ」
外国からやってきた、風船を売って暮らす女の子。
明るい笑顔だけれど、その笑顔には、心の底に潜むくすみが見える。
その「くすみ」を取り除きたい。
ジュゼッペはペチカに、心の底からの、何のくすみも無い笑顔が戻るよう、
今までトリツカレてきた様々な技を使う。


本当に、最初から最後まで、透明でまぶしいお話だった。
優しい気持ちになれた。
「なにかに本気でとりつかれるってことはさ、みんなが考えてるほど、馬鹿げたことじゃあないと思うよ」
とは、ジュゼッペのお友達のハツカネズミの言葉。
その通りだなって思えるお話だった。
その通りだし、
「なにかに本気でとりつかれる」なんて事、
実際はとても難しいんだ。
だからこそ、この本を読むと、素直に心からほかほか暖かくなれるんだと思う。

ペチカの大好きな故郷のパンのように暖かくなる。
そのパンは、両手でもってまんなかを割ると、
綿菓子みたいな湯気が上がる。
この世の中にあの湯気ほどのごちそうは無いって思えるほど、ふかふかのパン。
そんな、「綿菓子みたいな湯気」のような温かな気持ちになれたお話だった。

Home > いしい しんじ

Search

Page Top