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05:『悲しみよ こんにちは』
- 2006-03-07 (Tue)
- サガン
![]() | 悲しみよこんにちは 朝吹 登水子、Francoise Sagan 他 (1955/06) 新潮社 この商品の詳細を見る |
『悲しみよ こんにちは』
新潮文庫
サガン 著 朝吹 登水子訳
157ページ
17歳のセシルは、鰥夫(やもめ)である父と、その愛人のエルザと別荘でバカンスを過ごしていた。そこへ、亡くなった母の友人であるアンヌがやって来て、物語は動き始める。
父はアンヌの聡明さ、セシルにも自身にも欠けている道徳や洗練された雰囲気に魅せら、やがて二人は結婚を決める。父親を誰より愛し、また自分の一番の理解者と信じ、そして父親にとっての一番の理解者もまた自分であると信じていたセシルは、それに反抗する。なんとかその結婚を邪魔しようとアンヌを傷つけ、父親を元の女たらしな、陽気な男に戻そうと企む。アンヌはその、賢い冷静さと、セシルにとって恐ろしくもある高慢さで、それらの策略にも動じず、父親を愛し続ける。しかし、最後は悲劇が待っている。
セシルの思春期に持つ複雑な感性が、とても緻密に描かれている。例えば父親に対する異常とも言える愛情と、アンヌに対する憧れや恐れ。それらに対抗しようともがき、皮肉の含まれた(それが彼女にとって大人である証拠のようであるが)仕返しを考える姿。残酷なまでの嫉妬心と、少女の純粋さ。両方が常に共存し、儚く陽気に映る。
セシルは、浮気を病気のように繰り返す男に対し、大人ぶって冷静を装い、理知的であっては、逆に男を自由に浮気させてしまう、と考え、そのように行動するアンヌに半ば同情もしている。実際、父親はアンヌがそうして、寛大な態度をとってくれているのに安心して、浮気をしてしまうのだ。それはセシルの思惑通りではあるのだけれど。
男は、浮気はどうしようも無い衝動なのだろうか。
女は、それを我慢していなければならないのだろうか。
美しい表現、美しい言葉の中に、時折ガラスの破片が混じり、読み終わった後にその破片で心を惹きつけられたままになっているようで、しばし動けなくなった。
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