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54:『田園交響楽』
- 2006-11-26 (Sun)
- ジッド
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盲目で身よりの無い少女ジェルトリュードを引き取り、一心に教育する牧師と、その家族の物語。開眼手術によって開かれた彼女の目は、何を見たのか。そして何を感じたのか。「盲人もし盲人を導かば」の悲劇的結末。「目の見える人間は、見えるという幸福を知らずにいるのだよ。」というのがテーマ。
盲目の彼女が見ていた世界と、その世界に光を導いた牧師の像。開眼した彼女が見た世界と、目にした牧師の像。現実を見た後に感じた失望や懺悔が、悲劇を招いた。見せたくない世界を必死に隠した牧師は、何を恐れていたのだろう。それは、偶像崇拝を否定するキリスト教に繋がるように思う。神を崇拝し、偶像崇拝を否定するのはきっと、そのイメージの差に失望するからなのではないだろうか。牧師はそれを恐れていたのではなかろうか。
牧師は心が盲目だった。自分のジェルトリュードに対する恋心に気づかず、それが家族を傷つけ、行く行くは愛するジェルトリュードまでも傷つけた。まさに、「盲人もし盲人を導かば」である。
牧師の妻は、牧師のジェルトリュードに対する気持ちに早々に気づき、嫉妬し、嫌味を言う。彼はそんな妻を可愛そうな人だと思い、昔はあんなに可愛かったのにと悲しむ。しかし妻の気持ちを本当に理解しようとはしない。そんな牧師の態度にさらに苛立つ妻。
この二人のやりとりは、読んでいて苦しくなった。どうして牧師は妻の気持ちを理解しようとしないのだろうと思った。また妻もなぜそんなに不器用にしか、自分の気持ちを表せないのだろうと。つい、自分の経験に重ね合わせてしまう。
思うに牧師も妻も、盲目だったのだろう。互いに、見えているものの全てを見ようとしなかった。見たい物だけを、見たいようにしか、感じていなかった。そこにすれ違いがあったからこそ、ああして理解しあえなかったのだと思う。
読み進めるうちに、「盲」というテーマの深さに捕らわれて行く。
ジェルトリュードは正に盲目であり、眼で捉えられる世界を知らない為、牧師から与えられた世界の中だけで生きている。その、彼女へ与える世界を選別する牧師は、精神的に「盲」で、彼女の純粋さを失いたくないばっかりに、現実の罪や罰を見せようとしない。二人だけの世界ならば、それで良いかも知れないが、現実は罪や罰があるからこそ、美しいものを美しいと感じる事ができるのだ。美しいものしか与えられなかったジェルトリュードは可愛そうだった。結果として眼が開き、自分の力で捕らえた世界に、自分の犯した罪を見つけ、深く傷ついてしまったのだ。罪や罰に対する免疫があれば、あそこまで傷つく事は無かっただろう。
「目の見える人間は、見えるという幸福を知らずにいるのだよ。」
正にその通りで、人は誰もが盲目で、全てを知らずに生き、そして死ぬのだと思う。眼の見える人間は、見えるという幸福を知らずにいる。だからといって、眼が見えない方が幸せなのかと言えば、そうでは無い。知らなくて良い事もあると言うが、そうとは言い切れない。目の前に差し出される事象は全て、必要であるから現れるのであって、顔を背けたくなるような事柄であってもそれは、自分にとって必要だから現れるのだ。それでも人は目の前の世界を全て見る事は出来ない。見えざる何かによって選別された物だけを、必死に追いかけ見続けるのだと思う。
ジェルトリュードは牧師により、「見なくて良いもの」を見ないように育てられた。しかしそれが、本当に「見なくて良いもの」だったのか。牧師にとって「見て欲しくないもの」であっても、それが彼女にとって不必要なものになるのかどうかは、解らないのだ。
盲目に彼女を愛した牧師の招いた悲劇の原因は、そこにあると思う。
そして、ありのままに世界を捉える事の難しさを感じる。人の主観の大きさと、それが導く障害を強く感じる。
最後に、わたしは「田園交響楽」と聞いて、ベートーヴェンの「交響曲第六番」を思いだした。緩やかな、優しい田園の風景が表現された美しい絵画のような交響曲。
小説の中で牧師が聞かせた曲は、きっとベートーヴェンの第六だったのだと思う。「あなたがたの見ている世界は、本当にあんなに美しいのですか?」「あの『小川のほとりの景色』のように」と、ジェルトリュードが尋ねる場面が出てくる。「小川のほとり」は、第二楽章を指し、キラキラ輝く小川のほとりで、鳥がさえずる景色を表現した楽曲となっている。落ち着いて聞くことができ、平和な気持ちになる曲だ。
ベートーヴェンは、耳が聞こえなりつつある頃、この交響曲を作った。耳が全く聞こえなくなる前に、美しい景色を楽譜にしておこうと思ったのだろうか。蓄音機のラッパのような部分を耳に当て、外の音を聞いていたというベートーヴェン。彼が残そうとした音は、目の見えないジェルトリュードの心にこの上なく美しい風景を残し、生きる喜びを与えてくれた。
耳が聞こえなくなってからも、音は彼の頭の中を走り続けた。
目が見えなくても、景色は彼女の頭の中に広がり続けた。
自分の捉えるこの世界はいったい、どこで見て、どこで聞いた世界なのだろうと、なんとも不安な、宙に浮いたような気持ちになってしまう。
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