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69:『サリンジャー選集 (別巻1) ハプワース16、一九二四』
- 2007-07-07
- J.D.サリンジャー
![]() | サリンジャー選集 (別巻1) ハプワース16、一九二四 (1978/01) J.D.サリンジャー、原田 敬一 他 商品詳細を見る |
サリンジャーの作品の中で、最新作。
1965年発表。その後現在まで、沈黙を守り続けているらしい。
グラス・サーガと呼ばれる作品群の一つで、「バナナフィッシュにうってつけの日」の中で自殺した、グラス家長男のシーモアが7歳の時に書いた手紙が、ひたすら書かれている。
「バナナフィッシュ」を含む「ナイン・ストーリーズ」はもちろん、「フラニー」、「ゾーイー」、「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」、「シーモア -序章-」全て読まないと、「ハプワース16」は読めないと思う。
「ハプワース16」は、シーモアが7歳の時に両親に宛てて書いた手紙を、シーモアが自殺して17年後に、次男のバディ・グラスが書いた、という内容となっている。既に発表されている作品の中でも、長男シーモアは神童のように描かれていて、この作品でもやはり、その神童っぷりが際立つ。
手紙の所々で感情的になって喚いたり、急にめそめそしたりするあたりは、7歳の男の子という印象を受けなくも無いが、それ以外の言葉は、どう考えても7歳には見えない。
後に神童と呼ばれる他のグラス家の兄弟も、小さい頃から大人のような発言をしていたし、神童と呼ばれる子供は、そういうものなのかも知れない。
シーモアはこの手紙を書いた7歳の頃に、「ぼく個人は少なくとも手入れの行き届いた電信柱くらい、つまり三十年も生きることになるだろう。」と予言している。
「バナナフィッシュ」の書かれた後にこれを書いているのだから、「予言」というのもおかしいけれど。
その予言では、「ぼくらは自分たちに与えられた機会と義務を全うした暁には、これまでになかったほどの安らかさと気分で、気晴らしにこの世を去るのだ」とも言っている。
こういった内容から、この本は、シーモアの死の真相を探るために書かれた作品なのではないかと思う。
また、この本に限らず、「バナナフィッシュにうってつけの日」以降に書かれた、グラス・サーガと呼ばれる作品は全て、シーモアの死の真相に迫った作品ではないかと思うのだ。
サリンジャーにとって、シーモアは特別な存在だったのではないか。
そのシーモアを、「バナナフィッシュにうってつけの日」で死なせてしまった。「バナナフィッシュ」の中だけ見ると、シーモアが自殺するのは自然な流れのように読めるけれど、後のグラス・サーガも含めて読むと、そうとも言い難い。
サリンジャーは後に、シーモアを死なせた事を後悔したのではないか。
それで、シーモアが死に至るまでを探り、その理由を知るため、後のグラス・サーガを書いていったのではないかと思う。
作家が、自分の書いた登場人物の言動を追いかけるようになる、というのはよく聞く話なので、そう思った。
シーモアの兄弟であるバディやゾーイー、フラニーに、シーモアの死へ迫ってもらい、それをサリンジャーが記録したのではないか。
サリンジャー自身による解説がないため、これはわたしの勝手な解釈だという事をご了承いただきたい。
サリンジャーの作品は、野崎孝氏の訳しか読んだ事がなかったため、この本は少し読みづらく感じた。英文を直訳したような雰囲気も感じたが、もしかするとその方が、サリンジャーの文体に近いのかも知れない。
この作品が好きか嫌いかで言うと、好きだ。
しかし、あまりお勧めはしない。
サリンジャーが大好きで、バディやシーモアの言うユーモアをユーモアとして捉えられる人にお勧めする。
ちなみにわたしは、バディやシーモアの言うユーモアを全てユーモアとして捉える事ができなかった。レベルが高いのだ。次元が違うというか。
もう一度、「ナイン・ストーリーズ」から読み直そうと思う。
最後に、気に入った表現、シーモアの死の原因に引っ掛かるような表現を引用させていただく。
「ぼくの生涯で心が躍るような事柄はたくさんあるけど、そのひとつは、枯れつつある美しい小川のほとりで、若く目のさめるような娘あるいは婦人が、ほんの十五分ほどさりげない会話をしただけで、まったく本能的にこの若い子(=弟、当時5歳のバディ・・・筆者註)の価値を認めてくれることだ。」
「しかしベッシー、あなたはわれわれの愛する親であるという困難な立場にあるわけだけど、いくつかの事柄を、絶対に尻ごみしないで真っ正面から見つめるようにしてほしいんだ。」
「ぼくらがこの人生を終えるまでは、ぼくらの素顔がほんの少しでも地平線上に現れるのを見ただけで、ぼくらにたいして激しく燃えたぎる敵意を示す連中が数限りなく現れるだろう」
「あなたたちの子供は、必ずしも自分が背負わなくてもいい痛みを経験するという、いささか割に合わない能力があるんだよ。」
「自分のこれまでの人生を考えて、自分が七五パーセントから八〇パーセントは実にくだらない若者だと知るのは悲しいことだし、しんどいことだ」
「ぼくのようなあやふやな年の子供とか、あやふやな経験しかない子供というのはすぐに、大袈裟な悪趣味を持ったり、人に嫌われる自己顕示をやってしまうものなんだ。」
「この手紙がこれから先、少々ぶっきらぼうで人間味に欠けるように思えたら、勘弁してほしい。この手紙の後半では、言葉のひとつひとつ、言葉遣いの簡潔さを心がけるつもりなんだ。これはぼくの文章表現の最大の弱点だから。」(サリンジャーの自己評価をシーモアに言わせているのではないか?・・・筆者)
「以下の短いメッセージは双子の子供たちとブー・ブーに贈る。でも、ブー・ブーには父さん母さんには絶対手伝ってもらわないで、自分で読むように優しく頼んでね。だって、彼女にはちゃんとやれるんだもの!あの素晴らしい黒い瞳の女の子はやればできるんだ!」
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