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88:『気になる部分』

気になる部分 (白水uブックス)気になる部分 (白水uブックス)
(2006/05)
岸本 佐知子

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名翻訳家によるエッセイ集。
気になること、小さな頃のちょっと悲しい思い出などを、独特の言葉で綴っている。
その言い回しが癖になる面白さ。

読むと共感する部分が多々ある。
たとえば、
『「エレベーター」と「エスカレーター」の区別がつかず、大人になった今でも「エスカレーター」という言葉を発するたびに直前に0.01秒ほどの逡巡がある』
とか、
『「ここから200メートルほど先を右」などという、自分の身長の百倍以上もあるような距離を実感として分かるのが不思議』
など。
そんな、共感できて尚且つ「ちょっと恥ずかしくて人には言えない」と思っていた事が、彼女独特の言い回しで大笑いできる内容に生まれ変わっていて、笑いながら読んでいるうちに「似たような人もいるんだなあ」なんて安心し、幸せすら感じてしまう。
さすが名翻訳家だけあって言葉の選び方に気を遣っているように感じるし、読みやすくできている。
先にも書いたが、癖になる面白さがある。
是非多くの方に読んでいただきたい本。

87:『絵描きの植田さん』

絵描きの植田さん (新潮文庫 い 76-6)絵描きの植田さん (新潮文庫 い 76-6)
(2007/11)
いしい しんじ

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少し、不満足。


雪は止んでいた。周囲は窓越しに見るよりはるかに白かった。吐息も手でつかめそうに真っ白い。


目の前に冬の眩しさが広る。
真っ白なだけで、音が聞こえない、晴れた冬の山の中。

後半突然現れる、十数枚連続の「本当の」植田真さんの挿絵。
閉ざされた耳に音が雪崩れ込んでくるような感覚を覚える。
足下ばかり見て進んだ山道の先が一気に開け、樹氷の窪地が広がった場面に通じる。

そこでお話を終えても良いのになあと、思った。
その後の大団円は書かなくても、十分に想像できるし、
ああこの後きっとメリは・・・、植田さんは・・・といろいろ考えを巡らせる方がわたしは好きだ。

86:『パンドラの匣 』

パンドラの匣 (新潮文庫)パンドラの匣 (新潮文庫)
(1973/10)
太宰 治

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パンドラの箱から最後に出てきた「希望」を「明日へ導く光」と捉えている作品。

『パンドラの箱から最後に出てきたのが希望だとは皮肉なものだ。
希望を持つから裏切られたと感じてしまうのだ』
と、言ったのはかつての恋人か、はたまたどこかの本で読んだのか。
今まで太宰作品と言えば、パンドラの箱から出てきた希望をそのように捉えたものというイメージがあった。
それを気持ちよく裏切る青春小説。

85:『想い事。』

想い事。想い事。
(2007/08/10)
Cocco

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自分の無責任な感情とあまりの無力さに
私は、声を上げて泣いた。
(楽園 15ページ)



記憶が繋がる瞬間は突風のその時と良く似てる。
(夢ものがたり 96ページ)



Coccoが毎日新聞に連載していた「想い事」に、
彼女の撮った写真、描いた絵が合わさった本。
写真の中の景色はどれも湿度が高くて、綺麗なんだけど泣いているように見える。

沢山の想い、あふれんばかりの感情、
それらを正直に、丁寧に、伝えよう、伝えようという気持ちが言葉から伝わってくる。
Coccoが歌った歌詞に行き着くまでの思いの過程が少しだけ分かったような気がする。

書かれた言葉からは、読み手をどうこうしようという気持ちは感じられなかった。
彼女の思うこと、感じたことだけが書かれていた。
文字に乗せて気持ちを放ち、あとは読み手に任せるという、
腹をくくった強さを感じて、
私はとてもさっぱりとした気持ちよさを覚えた。

表現することにメッセージなんていらないんじゃないかって思った。

84:『きりぎりす』

きりぎりす (新潮文庫)きりぎりす (新潮文庫)
(1974/09)
太宰 治

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負けた。これは、いいことだ。そうでなければ、いけないのだ。かれらの勝利は、また私のあすの出発にも、光を与える。
(黄金風景 48ページ)



全体的に、愉しい話が多い。
いやらしいほど自虐的な言動は、真面目な語り口調の力を借りて笑いを誘う。
「畜犬談」は何度読んでも可笑しい、傑作だと思う。
太宰治という人物を、これほど愛らしい方だと感じた事は無かった。

冒頭に載せた引用は、一冊を読んで一番心に残った文章である。
子どもの頃にいじめた女中が、今は立派な主婦となり落ちぶれた主人公の元へ現れる。
恥ずかしさから逃げる主人公が聞いたのは、「あのかたは、お小さいときからひとり変わって居られた。目下のものにもそれは親切に、目をかけて下すった」と家族に自慢する彼女の声であった。
この一言が荒んでいた主人公の心に光を差し、過去の傷を癒す。
短編ばかり収められた本作品の中でも最も短い作品である。
主人公の心に引っ掛かっていた鬱々としたものが、光に溶けて消えるまでを、一息で読むことができる。
女中であった彼女の言葉や、その後の主人公の言葉は大変甘いものだけれど、こうして一気に書いてあるとその甘さも嫌味で無い。

他、「皮膚と心」などの女性による語りは、作者が男性であることを忘れてしまうほどであった。
太宰治の中を占める女性の割合の大きさを感じた。

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